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2009年11月 政治と数学

政治と数学に共通の話題はあるだろうか。いろいろな組合せの中でこの二つほど異質なものはない,というのが大方の見方であろう。しかし,この前の衆議院選挙で大勝して首相に選ばれた鳩山由紀夫氏は,我が国最初ということで話題になったとおり,理系の出身である。氏は,東京大学工学部を卒業後,オペレーションズリサーチ(OR)の研究者になった。ORの中でもとりわけ数学的な信頼性理論を専門とし,スタンフォード大学の博士論文も「システムの信頼性解析」をテーマとするものだったと聞いている。現在もOR学会のれっきとした正会員である。一昨年開催されたOR学会50周年記念式典の招待講演では,「政治を科学する」と題し,硬直した官僚政治を打破し,科学的かつ合理的な意思決定を行わねばならないと熱っぽく語っておられた。聴衆の中で,その2年後,氏が総理大臣に就くと予想した人はほとんどいなかったかもしれないが,状況は大きく変わった。OR的発想を生かして,日本を正しい方向に導びいていかれるよう期待したい。

議員定数問題

まえがきが長くなってしまった。ここで書こうと思ったのは,政治において解決が求められた純粋に数学的な一つの問題,議員定数問題についてである。米国では,建国以来上下院の2院制をとり,上院は各州2人,下院は州の人口に比例するように議員数が定められてきた。ここで,「比例する」と簡単に言ったが,人口が桁数の大きな整数であるのに対し,議員数は1桁程度なので,厳密に比例させることはできない。数学的に書くと,各州の人口を pi ,議員数を xi ,議員総数を N とするとき,条件 Σxi = N の下で,比 pi / xi (= 議員一人当たりの人口) が大体等しくなるように正整数 xi を定めよ,という問題である。

ハミルトン法

こう書くと,次の方法を考えつく人が結構いるのではないだろうか。人口の総和を P とすると,州 i

qi = N ( pi / P )

の議員数の権利がある。残念ながら,qi は整数でないが,たとえば, qi = 3.287とすると,まずその整数部分である3を州 i に与え,N にまだ余裕があれば, qi の小数部分の大きい州から順に一人ずつ配分すれば公平そうである。実際これは悪い方法ではなく,米国でもある時期までこの方法が用いられた。「最大剰余法」あるいは「ハミルトン(Hamilton)法」と呼ばれている。

数学の出番

ところが,1881年,議事堂の改修の結果総定員 N が増えたのに伴って再計算したところ,アラバマ州の議員数が減少するという結果になった。これを「アラバマ・パラドックス」という。アラバマ州にとってこれは受け入れられないだろう。よく調べてみると,このような現象は結構頻繁に生じることが分かった。そこで,新しい計算法が求められ,数学者も議論に加わったのである。その結果提案されたのが「除数法」あるいは「Huntington法」である。Huntingtonは相談を受けたハーバード大学の数学教授である。まず,議員数 x に対し,x ≤ d(x) ≤ x + 1をみたす除数 d(x) を定義する。d(x) としては,xx + 1 もあるし,その中間をとって x + 1 / 2 ,さらに幾何平均 (x(x+1))1/2 も有力である。アルゴリズムは次のようになる。

除数法

  1. xi を初期値に設定する(通常は1,場合によって0)。
  2. pi/d(xi) を最大にする州 ixi を1 増加する,Σ という手順をxi = N となるまで反復する。

除数法は議員総数を一人ずつ増やしていく方式なので,アラバマ・パラドックスは生じない。しかし,除数 d(x) をどう決めるかで結果は変わってくる。 d(x) = x ならば,現在すでに割り当てられている議席数に基づいて次の議席の行き先を決める,d(x) = x + 1 ならば,1 議席増やしたとしてその結果に基づいて決める ものであり,それぞれなるほどと思わせる基準である。残りの二つはその中間である。列 x(x(x + 1))1/2x + 1/2 ,x + 1 の前に位置するほど小さな州が有利になるという傾向がある。米国では,長い論争ののち,1941 年,ルーズベルト大統領が(x(x+1))1/2 を採用することを決断し,現在もこの方式が用いられている。提案者である統計学者の名前をとって「Hill 法」と呼ばれている。

比例代表制

ところで,議員定数問題は,設定を変えて,qi を政党 i の獲得票数, xi をその党の当選議員数と考えると,比例区において各党の当選者数を決定する問題になる。この比例代表制の観点からも活発な議論があったが,結論だけを述べると,ヨーロッパのいくつかの国で現在 d(x) = x + 1 が採用されている。提案者であるベルギーの弁護士の名前から,「ドント(d'Hondt)法」,あるいは「最大除数法」と呼ばれる。我が国の比例区もドント法である。一方,数学者の中には,x + 1/2 が最も偏りが少なく公平だと主張する人もいる。

衆議院選挙の結果

さて,この前の衆議院選挙の結果はどうなるだろうか。衆議院の比例区は全国を11のブロックに分け,それぞれ独自に集計される。各政党は,比例区の単独候補者と,小選挙区との重複候補者の順位を自党のルールで定めていて,獲得した当選者数をその名簿の上位から順に割当てる。今回の選挙では奇妙なことがいくつか起こった。近畿ブロックでは,民主党の重複候補者がほとんど小選挙区で当選してしまったため,候補者が不足し,当選者を他党に譲ることになった。また,みんなの党では,唯一の重複候補者が小選挙区の得票率10パーセントを取れなかったため,せっかく回ってきた権利を放棄しなければならなかった。それはともかく,とりあえず北海道比例区の結果を見てみよう。ここでは,定員8名,投票総数3,324,803のうち,各党の得票数は

民主 自民 公明 共産 社民 大地
1,348,318 805,895 354,886 241,345 113,562 433,122

であった。比例区問題では,除数法を適用するにあたって xi の初期値を0 と置くが,d(x) = x(x(x+1))1/2 の二つではd(0) = 0 となって pi/d(xi) の割算ができない。そのため,残りの三つに限って当選者数を計算してみると,

  民主 自民 公明 共産 社民 大地 合計
ハミルトン法 3 2 1 1 0 1 8
x + 1/2 法 3 2 1 1 0 1 8
ドント法 4 2 1 0 0 1 8

となる。現実にはドント法に従って民主が4議席を得たのだが,共産が割を食ったと考えられないこともない。北海道ですでに違いが出てしまったので,他の比例区は調べなかったが,全体の結果を計算すると,共産や社民のような小さな政党にとって深刻な違いが出てくるような気がする。我が国がドント法を採用したとき,きちんとした議論があったとは記憶していないが,予想外に大きな違いを生じるとしたら,承服できないという意見もでてきそうである。(大学院の「システム理論特論」の中で議員定数問題を取り上げようと思っているので,課題として全比例区の結果を計算してもらう積りでいる。)

なお,今回の話題は,参議院の「一票の重み裁判」とも関係している。しかし,書き出すとどんどん長くなりそうなので,このあたりでやめておこう。政治と数学が意外なところで結びついていることを知っていただければ幸いである。

茨木 俊秀