4年ほど前に,長年勤めた会社を定年退職した。6月末の株主総会で正式に役員退任が決まった。普通は顧問で残るのだが,私の場合,10月に,京都情報大学院大学に奉職することが決まっていたので,異例の処遇をしてもらった。それは,IT専門職大学院の特徴の一つである実業界との密接な関係を持つことと,実業界の最新情報を入手できるルートを残すという2つの理由で,1年間,顧問の立場(無報酬)で元の会社に所属させてもらった。
そのお陰で,IT業界の生の情報を入手することができた。その配慮に対して今でも大変感謝している。無論,退職時に機密保持契約を交わしているから,それを遵守した上で学生に実態を教えることになるが,大変有益なことであった。
会社を退職して,大学に身をおくと,途端に生臭い情報が減り,実社会とも疎遠になっていく。その後,ソフトウェア会社の役員も兼務できたので,IT専門職大学院の教員として,実業界が何を期待しているか,肌で感じることができ,教育に生かしている。
話を最初に戻すが,退職後3カ月の準備期間があったので,その間にゆっくりと家内と北海道旅行に行くことにした。シニア向けのゆったりしたプランを選んで申し込んだ。
最終的には3組の夫婦だけの豪勢な旅行になった。北海道だから,飛行機で千歳に着いたら,後は全てバスツアーである。熟年夫婦3組と添乗員,バスの運転手とバスガイド,合計9名が,8日間,大型バスで移動する贅沢な旅行になった。
ところで,北海道は,悲しい歴史を持った土地である。単に観光名所を見物しているだけでは分からないが,北海道は,ご存知のとおり,元々はアイヌ民族の土地である。江戸時代の幕府の政策に始まり,明治以後もアイヌ民族に対する収奪は続いた。アメリカの原住民であるインディアンと同じ運命をたどってきた。
北海道の地名には,アイヌ民族が付けた名前が沢山残っている。アイヌ民族の哀史は,世界中のあらゆる地域で今でも起こっていることである。これからは,時間を作って,アイヌ民族について知識を深めるつもりである。
ツアーの中で,アイヌ民族の末裔が,木彫りのみやげ物を旅行者の目の前で作るという実演をしながら売っている店があった。私は様々な木彫りの置物の中で,「チセトロカムイ」を木彫りにしたものを買った。
「チセトロカムイ」とは,分かりやすく言うと,「その家の守り神」である。アイヌ民族の神は,独特な文化の中で大事にされてきた考え方で,私達が考える「霊」に近い存在である。従って,様々な「カムイ」が存在し,アイヌ民族は,日常生活の中で「カムイ」を大切にしながら暮らしていた。
私が買ってきた「チセトロカムイ」は,私の研究室の机に鎮座し,私を守ってくれている。素朴な人形を見ていると不思議と心が休まる。
自然と共に生きるアイヌ民族は,現代の物質文明とはかけ離れた,素朴な文化を持っていた。例えば,川を遡上する鮭は,その日食べるのに必要な量しか獲らない。保存食として,鮭の干し物を作るが,そのために獲る鮭は,子孫を残すために必死で卵を産んだ後の,油の抜けた鮭である。鹿も重要な食料であった。それも同じように,乱獲とは縁遠い狩猟であった。
そうしたアイヌ民族の生き方の是非を問うつもりはないが,現在の発展途上国のあり方,我々先進国の浪費に近い物質文明,深刻化する環境問題,エネルギー問題,民族紛争,経済のグローバル化,各国で見られる富裕層と貧困層の極端な二分化など,最近も深刻な問題が山積している。
私達は,子孫が永続的に生活できる環境を残す義務がある。その努力を,誰かに任せるのではなく,一人一人が考え,行動することが大切だと感じている。
今井 恒雄