「たたら踏む」という言葉をどこで知ったかはっきりしないのですが,なんとなく神秘的な響きをもって私の頭の中に入っています。本来技術用語ですが,国語辞典を引くと日常の生活での言葉としても出てきます。最近,鉄鋼関連の需要が拡大しているのでしょう,いろいろな製鉄所で新しい高炉の火入れ式が行われたり,あるいは長く使われてきた高炉の修復が行われたというニュースをよく耳にします。最近の新聞記事に,住友金属がブラジルで新しい製鉄所を建設する計画が出ていました。いまの高炉では,鉄鉱石とともにコークスを還元材料として投入します。このブラジルの製鉄所では,広大な土地を利用してユーカリを育成し,これから作られた木炭をコークスの代わりに使うというのです。そうすると,ユーカリが吸収する二酸化炭素と高炉から排出される二酸化炭素を相殺させることができるというものです。なかなかスケールの大きな話ですね。
私は,京都情報大学院大学に来る前は,10年余り広島で生活していました。広島県と島根県の境目を中心とする中国山地には,日本古来のたたら製鉄の跡がたくさん存在しているのです。昨年の夏に,当時親しくなった郷土史にも詳しい方に広島県の北の方を案内していただいて,実際に確かめることができました。中国山地で砂鉄がとれたことと,周辺の山の材木から得られる木炭が重要であったようです。この木炭の話は,上のユーカリの植林による木炭と何となくつながっている気がします。それはともかく,たたら製鉄というのは日本の古代から千年以上にもわたって伝承されてきた技術のようです。
こんなことを考えていたら,宮崎駿の「もののけ姫」を思い出しました。この中にエボシ御前が率いるたたら場で,実際にたたらを踏んでいるシーンが出てきます。たたら踏むというのは,炉の中に砂鉄と木炭を入れ,これに巨大な鞴(ふいご)で空気を送り込む仕掛けですね。このシーンを見ると,大きな鞴の板に何人もの体重をかけて空気を送り込んでいるのが分かります。しかも,これはずっと踏み続けないと炉の火が消えてしまうのです。宮崎駿がどういうつもりでたたら場を描いたのかは分かりませんが,ユーカリの植林とも結びつく人と自然の係り合いに関連があるのかも知れません。
技術は時代の変化とともにどんどん変わっていきます。今では,たたら製鉄は特別なイベントか,特殊な日本刀の製作だけにしか使われないようです。しかし,このような技術を古代から長く伝承してきた風土が日本にある,ということは認識しておくべきでしょう。新しい技術が生まれて,消滅してしまう技術もたくさんありますが,そうであっても古いものの蓄積の上に新しいものが生まれて来るのでしょう。日本には,そのような蓄積となるいろいろな面での長い歴史があることを,ときどきは思い起こすべきではないでしょうか。
山縣 敬一