京都情報大学院大学学長 応用情報技術研究科長
茨木 俊秀Toshihide Ibaraki
- 京都大学工学士,同大学院修士課程修了(電子工学専攻),工学博士
- 京都大学名誉教授,元京都大学大学院情報学研究科長,元豊橋技術科学大学教授,元関西学院大学教授,イリノイ大学等客員研究員および客員教授
- ACM,電子情報通信学会,情報処理学会,日本応用数理学会 以上4学会フェロー
- 日本オペレーションズ・リサーチ学会,スケジューリング学会 以上2学会名誉会員
- 京都情報大学院大学学長,応用情報技術研究科長
- 担当科目「システム理論特論」「オナーズマスター論文」
時代のターニングポイントにあって
18世紀後半から19世紀にかけて起こった産業革命は,蒸気機関という新しい動力の誕生をきっかけとするものでした。生産力の増大は,その後,電気と石油の利用によってさらに加速され,20世紀になると,人類が必要とする量をはるかに超える生産能力を持つに至りました。その結果,いわゆる「量から質への転換」が起こり,それまでの大量生産は時代遅れとなり,多品種少量生産の時代へ移行しました。その荒波の中で,世界の産業構造は大きく変化し,新たな社会秩序が生まれてきました。
20世紀後半から21世紀に入ると,ICT(情報通信技術)が再び大きな変革を生み出しました。それは情報革命と呼ばれています。その源泉であるコンピュータは,誕生以来まだ70数年程ですが,爆発的な進歩の結果,演算速度と記憶容量の両方において信じられないほどの力を持つに至りました。しかも産業革命に比べると,進化の速度はずっと速いのです。人間の脳は約10の11乗個のニューロンから成っていると言われていますが,コンピュータを形作る素子の数はすでにそれを凌駕しつつあって,ハードウェアとしては人間の脳に比肩できるまでになってきました。情報革命のもう一つの担い手である通信技術も大きく進歩しています。電流や電波による情報の伝達に加え,光による通信も実用化され,いわゆるデジタル化時代を迎えました。その最大の成果であるインターネットを利用すれば,世界のあらゆるところへ,文字はもちろん,写真や動画データでさえ瞬時に送ることができます。
これらICTの進歩は,私たちの生活に大きな変化をもたらしています。大気の変化を記述する偏微分方程式を実際の気象の変化より速く解けるようになったことが,数値天気予報の決め手でした。音声の分析と認識を人の発話速度を超える高速でできるようになり,人間とコンピュータがリアルタイムで対話できるようになりました。記憶容量の壁もほぼなくなり,たとえば,世界中のすべての書籍のデジタルデータ,人が一生を通して眼や耳から取り入れるデータのすべて,人々の間で交わされるあらゆる通信の内容,などを記憶して保存することが可能になりました。コンピュータ自体についても,サイズがどんどん小さくかつ速くなった結果,携帯電話やスマートフォンは人々のポケットに居場所を見つけ,さらにウェアラブルコンピュータはメガネや腕時計,また衣料の一部に装着されています。ロボットはこれら先端技術を総合することによって初めて可能となりましたが,人間の身体性の一部を代替するだけでなく,高度な人工知能を組み込むことによって,新しい生命体のような役割を果たしつつあります。人の動作を助ける介護ロボット,訪問者の質問に答え求められた場所へ案内するロボット,家庭にあって人と対話しペットの役割を果たすロボットなど,興味あるロボットが次々と登場しています。
より大きく,ビジネスや政治,国家間の関係なども例外ではありません。インターネットに代表される通信のインフラストラクチャは,世界中をネットワークによって結び付け,グローバル化しました。その結果,新しい多国籍ビジネスが次々と生まれ,さらには国家や社会の在り方までもが影響を受け,急激に変化しています。
ICTは我々の生活を大変便利にしましたが,その一方で負の脅威にもなり得ることに注意しなければなりません。日ごろ悩まされるスパムメール,外から勝手にコンピュータに侵入して来るコンピュータウイルス,それらを利用したプライバシー侵害,コンピュータ犯罪,さらにはサイバーテロなど,小規模なものから大規模なものまで,対応を間違うと大きな災害を引き起こす可能性があります。これらとどう対峙していくかが問われています。
ICTによる情報革命は,この後,どのように進行するでしょうか。人工知能は人間が作ったものですが,それは,たとえばチェスというゲームでは,1997年にすでに人間の世界チャンピオンを破っていますし,現在では将棋や囲碁においてもプロ棋士を超えるレベルに達しています。人工知能は近い将来,自ら学習し進歩することによって,より高度な人工知能を自分で作り出す能力をもつでしょう。この自己増殖のサイクルの中で,コンピュータの知能が人間を超えてしまう時期が遠からずやってくるだろうと予想されています。未来学者たちはそれをシンギュラリティと呼んでいます。果たして人間と人工知能の平和的な共存は可能でしょうか。
以上ICTがもつ様々な側面について述べましたが,これらのせめぎ合いの中で,現在はまさに転換の真っただ中,大げさにいえば,人類の将来にとってのターニングポイントに来ていると言えるでしょう。
このような時代に対応するため,我々は,日本最初のICT系の専門職大学院である京都情報大学院大学を設立いたしました。2004年4月に最初の学生たちを迎え,今年で19年目になります。本学は,コンピュータ揺籃期の1963年に設立された京都コンピュータ学院を母体とし,その伝統と実績を継承しています。
本学の建学理念には「社会のニーズに応え,時代を担い,次代をリードする高度な実践能力と創造性を持った応用情報技術専門家を育成する」と書かれています。これを達成するため,応用情報技術研究科ウェブビジネス技術専攻を置き,応用情報の広い範囲から専門分野として,人工知能,データサイエンス,ウェブシステム開発,ネットワーク管理,グローバル・アントレプレナーシップ,ERP(企業基幹システム),ITマンガ・アニメ,観光ITを設けました。入学生はその一つを選びます。専門分野の外に共通選択科目群と産業科目群(農業,教育,コンテンツマーケティング,フィンテック,海洋,医療・健康など) があって,これらからも自由に選択できます。
開学以来,札幌と東京にサテライト校を設けました。また学生定員も大幅に増加しました。時代のターニングポイントにあって,しっかりと歩き始めたといえるでしょう。
本学はICTの研鑽を積みながら,それが社会に与える影響を十分理解し,正しい方向へ導いていけるような人材を育てたいと願っています。志を有する方であれば,年齢,経歴,国籍,さらに文系理系を問わず,門戸を開いています。大学を卒業されたばかりの方はもちろん,すでに実社会で活躍しつつキャリアアップを目指している社会人,海外にありながら日本での勉学に興味を持つ留学生,私たちはこのような方々の入学を心から歓迎いたします。